• 2012.11.21

    ソーシャル・イノベーションと企業

    「ソーシャル・イノベーション(社会変革)」という言葉が、NPO業界や特に先進的な企業の中で聞かれるようになって数年、その間も国際社会での日本の存在感は低下し続けてきた。中国や韓国との軋轢も日本経済にじわりと影響を与えている。

    その中で苦しみ続けるメーカーを中心とした日本企業は、従来までの事業への閉塞感を感じつつもドラスティックな舵の変換をできずにいる。

    ソーシャル・イノベーションという言葉は、このような日本社会全体の閉塞感の打破を含めた突破口の一つとして多くを期待されているようだ。

    社会起業家と呼ばれるような人たちが注目されているのもそのあらわれと言えるだろう。彼らが行っていることはたしかにソーシャル・イノベーションであり、国や行政だけでなく企業も注目するに値する取り組みが多い。

    現在までの日本の数十年を振り返れば、私たちは世界の中で天国のような社会を実現させてきたと言える。

    もちろんその間にも日本社会に多くの課題があったのは事実だが、「社会課題」という言葉が指すものは、多くの場合、社会的弱者を指すものであり、自分たちが社会課題の対象であるという意識を持って生活していた日本人は少なかったはずだ。

    しかし、今、日本社会における「社会課題」は、少子化や高齢化に代表されるように、日本人全体が巻き込まれ、いわゆるマジョリティがその対象となってしまった。

    企業が取り組もうとするソーシャル・イノベーションは、まさにこの点において多くの可能性を秘めている。社会的弱者がマイノリティの枠にとどまっている限りにおいて、それをビジネスで解決していくというのは難易度が高く事業の持続性という点で多くの課題を抱えてしまう。

    しかし、これがマジョリティになると一気にビジネスチャンスの沃野が広がってくる。

    今、「社会課題の解決をビジネスで行っていく」という言葉にリアリティがあるのは、その対象者が多いことから、ビジネスとして成り立つ、あるいはスケールメリットを打ち出すことができる可能性があるからだ。

    本来、社会課題は社会のニーズであり、社会のニーズには必ずビジネスチャンスがある。

    それは昔から変わらぬ真理であり、実際、日本が戦後の焼け野原から著しい経済発展を遂げた母体となったのも、まさにこの考え方に基づいていた経営があったからであることは今さら指摘するまでもない。

    日本企業は自らのビジネスを社会課題の解決によって成長させてきたという歴史を持っている。

    しかし、今の日本企業にはその考え方そのものが失われていると言わざるを得ない部分が多々見受けられる。

    社会が一定の成熟を果たした今、たとえば白物家電に代表される電化製品の領域では、日本市場の中で突出したニーズを創出するようなことは限りなく困難だ。付加価値化というようなオブラートでは、大企業の経営を支えるような爆発的売上は生み出せない。

    このような成長社会から持続可能社会への転換期という物が売れない時代に日本企業はどう生き残れるのか、あるいはどうあるべきか、を考えると「ソーシャル・イノベーション(社会変革)」という領域での新規事業への取り組みに行きつくことは間違っていない。

    今、社会の中でそのような動きが始まっていることはもっと多くの企業が注目すべきことである。

    それらの萌芽は今は小さいが、それらが持つ社会のニーズの大きさは、少なくとも日本企業に多くの学びと将来の可能性を感じさせるものであるからだ。

  • 2012.11.20

    本業を通じた戦略的CSR ~積水ハウスの事例から~

    「2003年はCSR経営元年」ともいわれており、それから約10年近くたったことになります。
    この10年で日本のCSRも大きく変化を遂げ、「守りのCSR」から強みを生かした「攻めのCSR」へと変化を遂げている感があります。

    今回は「本業を通じた戦略的CSR」活動として、成功している事例の一つとして積水ハウス株式会社(以下、積水ハウス)による(仮称)小児がん専門治療施設「チャイルド・ケモ・ハウス」の支援をご紹介したいと思います。

    「チャイルド・ケモ・ハウス」とは、我が国で初めての、小児がんと闘う子どもたちとその家族が家のような環境で療養に専念できる施設です。「病院」ではなく、「家」のような環境で、親やきょうだいと暮らしながらがんと闘う子どもたちを応援する場をつくりたい、という小児がんで子どもを亡くした家族の強い想いから始まりました。

    神戸市から土地を賃借し、社団法人日本歯科医師会と公益財団法人日本財団が取り組む「TOOTH FAIRY プロジェクト」の資金援助も受ける形で、建築計画が具体化したものです。建築にはこの考えに共感した積水ハウスが総合企画設計と施工を担当するほか、約2億円を寄付することとなっています。

    積水ハウスの企業理念の根本哲学は「人間愛」。そして事業の意義として「人間性豊かな住まいと環境の創造」を掲げています。積水ハウスでは、これまで多くのユニバーサルデザイン・アイテムを開発し、住まいに導入する事で、より安全で安心な暮らしを提供してきました。

    コーポレート・コミュニケーション部 CSR室長 広瀬雄樹さんは「小児がんと闘う子どもたちに良好な入院環境を確保できていないという社会課題と「家」のような環境で家族が絆を保ちながら治療に専念するという施設のコンセプトに共感し、支援を決定しました。今後も次世代育成に関わる課題解決をCSR活動の重要な柱の一つとして取り組みを続けてまいります。」とお話されました。

    積水ハウスのCSR活動はうまく自社の強みを生かしながら、社会課題の解決に大きな力を発揮するということを体現した一例であり、CSRの取り組みとして注目すべき事業の一つと言えるでしょう。

  • 2012.09.16

    サッポロHDが取り組む被災地支援とCSR

    東日本大震災における企業による被災者支援活動の特徴の一つとして、支援方法の多様性を挙げることができます。

    今回は、この多様性の一つの事例として、東京の恵比寿に本社を持つサッポロホールディングス株式会社(以下、サッポロ)が行っている被災地支援活動について見てみたいと思います。

    サッポロでは、2009年より、本社のある恵比寿の地域の方々への感謝を込めて恵比寿ガーデンプレイスという場所で「恵比寿麦酒(ビール)祭」というイベントを秋に開催しています。このような取り組みをCSR的視点で見ると地域コミュニティとの共生のために企業が行うアクションの一つとしてメジャーなものです。

    ■恵比寿麦酒祭り2012■
    http://www.sapporobeer.jp/news_release/0000020410/

    サッポロではこのイベントでのビール売り上げの全額約2700万円をNPOカタリバという団体が被災地で行っている「コラボ・スクール」という事業に寄付をしています。(実際にはここでの売り上げに加え関連会社などからの寄付も含んだ額を寄付。)

    ■コラボ・スクール■
    http://www.collabo-school.net/

    この事業は、被災したことにより教育の機会を奪われた子ども達に学びの場を提供することを目的として、放課後の学校を活用して塾形式で行われる事業です。

    ここで教鞭をとる教師は塾が流されるなどすることで職を失った講師を雇用し、さらに年齢の近い大学生なども一部ボランティアで教えるなどしながら運営されています。

    これにより、震災で遅れた子ども達の学習時間を取り戻すことができるだけでなく、被災された講師の方々の雇用を再生することもできるという非常によく設計された被災者支援事業となっています。

    コーポレートコミュニケーション部 広報室の大森克弘氏が「本社のある恵比寿の地域の方々と一緒に被災地を支援したい。」と語られるように、本社のある地域の方々への感謝を込めて実施するイベントでの売り上げを被災地支援の寄付に充当するというのは、地域と一緒になって被災地支援活動を実施するということです。

    その連鎖が社会との共感を生める取り組みとして素晴らしいだけではなく、会社のイメージアップにもなるもので見習うべき点が多々ある取り組みと言えます。

  • 2012.06.12

    ソーシャルプロダクトの未来

    エコ、フェアトレード、オーガニック、ロハス、エシカル、これらを標榜する商品はここ10年ほどの間に少しずつ社会に浸透し、現在も増え続けています。
    これらの商品の多くはソーシャルプロダクトというカテゴリに分類されます。

    何がソーシャルプロダクトと呼ばれるものなのか、少し乱暴ながら一言で言うと「社会との共存を目指した商品」と言えるでしょう。

    たとえば、公害を生み出すことと引き換えに売れる商品を作ったとして、それは持続可能でしょうか。一時的な利益は生むかもしれませんが、長期的にはそれに倍する損害を覚悟しなければならないでしょう。

    これは極端な例ですが、ソーシャルプロダクトと呼ばれる商品が生まれてくる背景には、ソーシャルではないプロダクトが世の中に溢れているという意識が消費者側にあります。

    これは、生産者側がそういうものを実際に作っているかどうかではなく、消費者側がそう思っているということです。

    私は講演などでトヨタのプリウスについて話すことがあります。プリウスは自動車業界では革命的なソーシャルプロダクトですが、注目されるのはハイブリッド車の先駆けとして低燃費やCO2の排出量が少ないエコ商品であるという点です。

    これは全くそのとおりですが、私はプリウスの本当の価値は「ハイブリッド車は高くても売れる」という、ビジネスとしてわかりやすい事実を他の自動車メーカーに突きつけたという点にあると考えています。

    プリウスがどんなに素晴らしいエコ商品でCO2の削減ができる車であったとしても売れなければ世界のCO2は減りません。そして、プリウスが爆発的に売れたとしても(実際に売れていますが)、世界の自動車産業全体から見れば一車種でのCO2の削減量には限界があります。

    しかし、プリウスが爆発的に売れたことによって、世界の自動車メーカーは自分たちもこのような商品を作らなければ競争力を失うと考え、結果的に自動車業界全体がエコ自動車開発とその競争へと舵を切ったのです。

    このパラダイムシフトを加速させた功績こそが、プリウスという車が果たした本当の社会的価値であると思うのです。

    ではここでもう一つの視点、消費者はなぜ他の乗用車よりも高額であるにも関わらずプリウスを選択して購入したのでしょうか? プリウスを購入する人達はエコに関心がある意識の高い人たちばかりでしょうか?

    そのような意識の高い人も当然プリウスを買うでしょう。しかし購買者の多くは、ガソリン高騰という社会的背景も手伝い「低燃費でガソリン代が安く済む」という経済的ベネフィットに魅力を感じ、車両価格と天秤にかけた結果としてプリウスを選択したのでしょう。

    つまりプリウスは「エコだから、ソーシャルプロダクトだから、売れたのではない」ということです。

    今、世の中には多くのソーシャルプロダクトが生み出されています。それらに魅力を感じ購買する層も増えています。しかし、一つの帰結として、それらのプロダクトはソーシャルだから売れるのではなく、安全な食品、高品質な製品、優れたデザインなど、消費者にとって価格に見合うだけの魅力があるからこそまず売れるのです。

    そして、ソーシャルプロダクトは、その先に「結果としてソーシャルなインパクトを与える」という付加価値を持っているからこそ素晴らしいプロダクトなのです。

    そのようなポテンシャルと付加価値を持つソーシャルプロダクトですが、社会的にはまだまだ過渡期です。しかしながら、今後これらは自然と磨かれていき、社会的価値を加速していくことは間違いなく、ソーシャルプロダクトの先に新しいマーケットが広がっていくということも間違いありません。

  • 2012.05.15

    小林製薬の被災地支援とCSR

    東日本大震災から一年が経ちましたが、引き続き被災者支援を続けている多くの企業があります。

    今回、ご紹介するのは、「あったらいいなをカタチにする」というコピーで有名な小林製薬株式会社(以下、小林製薬)です。

    小林製薬は大阪に本社があることもあり、東日本大震災に関しては震災発生初期から支援に向けた動きをすることができた企業の一つでした。

    様々な支援物資の提供にはじまり、寄付付き商品の売り上げによる3億円の寄付をベースとした「青い鳥基金」の立ち上げなど、多くの支援活動を展開しています。

    これらの活動の中で特に注目すべきは、社員ボランティアによるトイレ清掃活動です。

    なぜなら、小林製薬はサワデーや消臭元という芳香剤や消臭剤を製造しているメーカーであり、トイレについてはプロフェッショナルな企業だからです。

    グループ統括本社、広報部の小林昇氏は「トイレをちゃんときれいにするにはノウハウがあり、今回のボランティアでは社員がそれを踏まえて避難所のトイレを清掃して回りました。」と語ります。

    衛生的に課題が多いと指摘されていた避難所のトイレの掃除をこれらの社員がボランティアとして行うのは、本業でのノウハウを使った素晴らしいボランティア活動と言えます。

    今、一つの流れとして、企業の社会貢献は「本業を通じた」ということがキーワードであり、プロとしての社員がそのスキルを活かしたボランティアを行うという意味の「プロボノ」という言葉も生まれています。

    同じ社員ボランティアでも、本業を活かせる活動に取り組むことで組織の存在理由ともつながるストーリーがそこに生まれます。

    これは社会から共感を得やすいだけでなく、社員のモチベーションの向上にもつながるものであり、社員ボランティアを組織として進めていく上では、必ず考えるべき価値のある取り組みなのです。

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