• 2013.04.14

    社会の課題解決を日本企業の価値へ

    ※本記事はオルタナ2013年3月号に寄稿したものです。

    アベノミクスが始動し、期待感で株価が上昇しています。
    私にはこの理由はよくわかりませんが、それだけ社会全体が閉塞感で押し潰れそうになっていることの裏返しなのだと思います。

    また、「世界一を目指す」、「強い日本」、「イノベーションを世界へ」など、安部政権から発せられる言葉は強烈な印象を受けるものが多い一方、今のところは空虚感の漂う言葉であることも事実です。
    これは今後の政府の具体的舵取りによって払拭してもらいたいと思っていますが、その間にも社会は益々混迷をきわめ、経済は弱体化、大企業は硬直化した従来型経営を変えることができず、社会的弱者は増加、セーフティーネットも縮小の一途を辿っています。

    これらは日本特有のものではなく、これまで世界を牽引してきた先進国全体が直面している課題でもあります。

    そんな中、社会課題解決の担い手としての企業への期待感が強まるのは当然と言えます。ビジネスが顧客のニーズを満たすことによって対価を得るものである以上、社会課題が社会のニーズ化している今、それらをビジネスで解決するのはごく自然なことです。

    では、なぜそれらの取り組みが「イノベーション」という言葉で語られているのでしょうか。

    それは、現状の複雑かつ多様な社会課題の解決をビジネスという切り口で取り組もうとした場合、従来までのビジネスモデルの考え方では収益を生み出すことができない、あるいはそもそもビジネスモデルとして成り立たないために、それらを飛び越えた発想の先にビジネスモデルが存在しているからと言えます。

    有名な逸話として、それまでパソコン一筋だったアップル社が「iPod」という音楽プレーヤーを突然創り出した話があります。自宅にある全ての音楽CDを持ち運べるというイノベーティブな製品は、ジョブズ氏が困っていた友人のために作ったことがきっかけとなりました。

    一つのイノベーティブなアイディアは、積み上げ型の発想からは生まれません。パソコンを売る企業という枠組みで、アップル社が次の製品をどれほど考え続けたとしてもiPodは生まれないのです。

    当時ソニーがiPodを造るための技術もコンセプトも持っていたのにそれを作り出せなかった指摘はこの点でも納得のいくものと言わざるをえません。

    もし自社でエクスクルーシブバリュー(唯一価値)のある新規事業を創りたいというのであれば、社会課題からのバックキャスティングによって発想を飛躍させることを提案します。

    それはおそらく、今までの自社の事業領域とは全く違うものである可能性が高いでしょう。しかし、その事業が成功した場合、iPod以降アップル社が単なるパソコンメーカーではなくなったように、将来、それは全く違和感なく、その会社を代表する事業として語られていくに違いありません。

    世界における日本企業のプレゼンスを考える時、日本の技術力を活かした領域はもちろんのこと、社会課題解決型ビジネスという視点を常に持つことで、世界に必要とされる日本企業の復活は難しくないと考えています。

    唯一の課題は、このような新規事業づくりの発想そのものが今の日本の、特に大企業の文化の中から失われてしまっているという事実であり、それが本当の社会的ボトルネックなのかもしれません。

  • 2013.03.06

    ソフトバンクグループの被災地支援「チャリティホワイト」はなぜ続けられたのか?

    東日本大震災発生から2年を迎える2013年3月、被災地では復興に向けたさまざまな取り組みが続けられています。

    企業による震災支援活動もかなり少なくはなったものの、た支援を継続している企業も数多く存在しており、従来までの一過性の災害支援とは一線を画した取り組みを感じることができます。

    今回は、この支援活動を顧客との共感を生みながら実施することで継続的な支援につなげると同時に、自社のブランディングとしても成功しているソフトバンクグループの事例をご紹介します。

    まず、ソフトバンク株式会社は震災発生後、10億円を寄付したほか、社長である孫正義氏個人による100億円という巨額の寄付によって社会的注目を集めました。これは個人の慈善事業としての支援活動でありソフトバンクという会社そのものの被災地支援活動ではありません。

    しかし、この寄付金の一部を原資として、東日本大震災で被災した子どもたちとその家族の支援を行うことを目的に、「公益財団法人 東日本大震災復興支援財団」という新しい組織が立ち上がり、現在も支援活動が続けられています。

    ■公益財団法人 東日本大震災復興支援財団■
    http://minnade-ganbaro.jp/

    ソフトバンクモバイルとしては、震災直後からユーザーからの義援金受付や、被災地で活動するNPO団体に対して携帯電話を無償で貸し出し貸し出しするといった本業を通じたさまざまな支援を行う一方、Yahoo! JAPANではプラットフォームを活用した義援金受付なども展開してきました。

    そして現在、ソフトバンクモバイルとソフトバンクBBでは「チャリティホワイト」というマッチング寄付の仕組みオプションサービスを提供実施しており、携帯電話の利用者から多くの寄付金を集めて被災地支援団体に寄付しています。

    ■チャリティホワイト■
    http://www.softbank.jp/mobile/special/charity_white/

    「チャリティホワイト」は、ソフトバンクの携帯電話利用者から毎月の引き落とし額にプラス10円の寄付を呼びかけ、それと同額(加入者1人当たり10円)をソフトバンクモバイルまたはソフトバンクBBが拠出、1カ月あたり20円を、「中央共同募金会」と「あしなが育英会」に寄付する仕組みです。

    現在、このチャリティホワイトの加入件数は100万件人を超えており、毎月約2,000万円の寄付が生み出されています。一社の取り組みとして、これだけの規模で顧客の賛同を得ながら寄付を集めていることは驚嘆に値します。

    この仕組みを作ったのは、ソフトバンクグループ通信3社のCSR企画部部長である池田昌人氏であり、そのきっかけは「個人としてだけでなく何か会社としてできないだろうか」という熱い思いでした。

    マーケティング部門からCSR部門に異動になった池田氏は、一社員としてこのチャリティホワイトの企画を経営会議に付議し、即断してもらうことに成功しました。

    しかし、企業におけるこのような社会貢献活動は、経営が悪化すると突然止まってしまうことが往々にして問題となります。そこで彼は、ソフトバンクモバイルの全ユーザー約3000万件とチャリティホワイト加入ユーザー95万件のユーザーの行動分析を行い、携帯電話の解約防止効果の実数の解明からソフトバンクのファンがこの社会貢献プログラムにより生み出されていることを社内に証明しました。結果として、チャリティホワイトは当初の終了予定を延長し継続が決定されたのです。

    企業である以上、利益を上げていかなければ組織そのものの持続性が担保できません。
    したがって社会貢献だけをやっているわけにはいきませんが、一方で社会に対して大きな影響力を持つ企業には、社会的役割や責任を果たしていくことが求められています。

    とすれば、それを両立するための価値の可視化は追求していかなければならず、それを株主をはじめとするステークホルダーに対し、きちんと説明していく必要があります。結果的にそれらは自社のプレゼンスを高めると同時に、経営そのものにも良い循環を生み出していきますが、多くの企業がその前段でつまずき、課題を抱えているのも事実です。

    ソフトバンクグループの取り組みは、これらの課題を解決するにはどうすればいいのかについて多くの示唆に富んでおり、学ぶべき点が多々あります。

  • 2013.03.01

    G4マルチステークホルダー委員会が発足 (GRI)

    地球環境問題の悪化や格差による貧困層の増大など、地球と社会におけるサステナビリティへの懸念が広がっている。

    その問題解決に向けて、欧州をはじめ各国では、社会的影響力の大きいグローバル企業のCSRの期待が高まっており、その流れの中で、財務と非財務(ESG)双方の観点を合わせて企業業績を評価するというCSR経営が、EU委員会でも戦略的に推進されている。

    1997年から国際的なサステナビリティ・レポーティングのガイドラインを発行している国際NGO「Global Reporting Initiative (GRI) 」では、このような社会的要請を加速するために、最新版となるガイドライン第4版(以下、G4)を、本部のあるアムステルダムで2013年5月に行われる国際会議で大々的に発表する。

    日本ではG4発行に先駆けて、企業やNPO、CSR専門家といった様々なセクターの有志が連携。このたび、日本社会への情報発信と意識啓発活動を行う「GRIマルチステークホルダー委員会」を3月1日付で発足することとなった。

    国内でのサステナビリティ・レポーティングの推進活動についての提案と同時に、世界に向けた情報発信も含めて積極的に活動を行っていく予定である。

    それに先駆けて、3月中旬に、日本財団ビル(東京都港区赤坂)にて同委員会の発足説明会を予定しています。同委員会の紹介のほか、企業報告に関する国際的な潮流について、委員長の冨田秀実氏より説明をいただくこととなりました。

    ■マルチステークホルダー委員会概要■

    ■名称:G4マルチステークホルダー委員会

    ■発足:2013年3月1日

    ■主な目的
    持続可能な社会に向けて、企業の非財務情報開示に関する議論を深め、国内での普及啓発国際的基準へのエンゲージメントを図る。

    ■具体的な活動
    ① G4および企業の情報開示に関する国際会議 (5月22~24日、オランダ・アムステルダム) への参加呼びかけ (日本企業グループとしてのCSR先進事例発表も企画)
    ② G4の和訳と出版
    ③ シンポジウム、セミナー、勉強会を通じた非財務情報開示(G4活用)の普及啓発活動

    ■ メンバー構成
    委員長 冨田 秀実 ロイド レジスター クオリティ アシュアランスリミテッド
    GRIテクニカル・アドバイザリー・コミッティー(TAC)メンバー

    アドバイザー 後藤 敏彦 元GRIボードメンバー(1998年~2006年)
    サステナビリティ・コミュニケーション・ネットワーク代表幹事
    サステナビリティ日本フォーラム 代表理事

    メンバー
    関 正雄 株式会社 損害保険ジャパン理事 CSR統括部長
    金井 司 三井住友トラスト・ホールディングス株式会社 経営企画部CSR推進室長
    川北 秀人 IIHOE(人と組織と地球のための国際研究所) 代表
    石田 寛 特定非営利活動法人 経済人コー円卓会議日本委員会 専務理事兼事務局長
    薗田 綾子 特定非営利活動法人 サステナビリティ日本フォーラム 事務局長
    株式会社クレアン 代表取締役
    町井 則雄 日本財団 経営支援グループ CSR企画推進チームリーダー
    G4マルチステークホルダー委員会 事務局
    協力団体
    (予定含む) 経済産業省、環境省、公益社団法人 企業市民協議会、株式会社 日本取引所グループ

  • 2013.03.01

    水産業の未来へと繋がるキリン株式会社の取り組み

    【本業を通じた社会課題の解決】

    キリン株式会社は2013年1月より新しくCSV(Creating Shared Value)部を立ち上げた。企業価値の向上と社会価値の向上をセットで行っていこうという試みの一つとして、組織的に取り組んでいく姿勢を打ち出している企業は、日本の中でもまだ例が少ない。

    同社が行う復興支援のスキームも、基本的にこうした考え方の基に成り立っている。
    キリンの復興支援事業は、「復興応援 キリン絆プロジェクト」と銘々され、「絆を育む」をテーマに「地域食文化・食産業の復興支援」「子供の笑顔づくり支援」「心と体の元気サポート」の3つの幹で構成されており、3年間で約60億円を拠出することとなっている。

    本事業で特に注目したいのは、「地域食文化・食産業の復興支援」の事業だ。

    本事業の原資となっているのは、同社が実施した「今こそ!選ぼうニッポンのうまい!2012」プレゼントキャンペーンの対象商品などの商品1本につき1円分の寄付を集めたものになっている。まず入口の部分で、消費者とのコミュニケーションを行った上で、出口の部分では、この資金を基にして、水産冷凍施設の修繕をはじめとする、いわゆるハード支援のみならず、地域ブランドの育成や担い手の支援などを行う計画となっている。

    水産物の生産加工に携わる個別の事業者を支援するのではなく、各地域で持つブランドを面として捉え、支援を行うことによって、獲れたものが適正な価格で市場に流れ、食卓にものぼり、おつまみはキリンビールで、というストーリーを考えている。まさに社会価値の創造を行いながら、本業にもつなげていこうという試みの一つといえよう。

    【水産業を取り巻く既存システムの限界】

    東日本大震災では、原発をはじめ、様々な領域で既存システムの限界が露呈したが、水産業もその例外ではない。

    たとえば、国の支援制度というシステムを見てみると、補助制度の中における自己負担という考え方が出てくる。水産庁や自治体等の復興支援によって、漁船の購入、修繕や、冷凍施設等への様々な補助制度が作られたのだが、こうした補助制度は必ず自己負担を漁業者側に求めている。震災で被害を受けた漁業者にとって、この自己負担分というのはかなり大きな金額である。

    これに加えて、マーケット側の調達ラインの変更がある。震災によって一時的に生産ラインが止まってしまったことから、量販店を中心として、調達のラインが一気に東北から、海外を含めた他の地域にシフトしてしまったのである。いくら東北の海産物が新鮮で、美味しくても、ある程度の品質であれば、価格の安い調達先に流れてしまうのだ。

    さらに追い打ちをかけているのが、原発による風評被害である。特に福島県は非常に難しい状況にあるが、やっとの思いで漁業を再開し、加工も再開したものの、獲れたものが、これまでのような価格で売れないのだ。

    こうした問題の多くに、国の支援制度は追い付いておらず、民間レベルの支援にその期待が集まっている。

    キリン株式会社の行う水産業復興支援「絆」プロジェクトもその一つだ。

    【フィランソロフィーの先にある企業と社会との関わり】

    これまで、日本企業の多くは、いわゆるフィランソロフィー的な観点で社会課題の解決に取り組んできていた。しかし、近年欧米では、社会の課題を事業活動を通じて解決していこうとする動きが出てきている。
    キリン社の取り組みは、あくまで復興支援というフィランソロフィー事業としてスタートしているが、中長期的にはCSVという戦略の中で、事業にも連結させていく試みが検討されている。

    後者の部分があまりにも露骨に出てしまうと、儲けるために社会貢献をするのか、という批判も出てくるだろう。しかし、結果的に社会の課題が「適切に」解決されていくのであれば、その中で企業が儲けてはいけないなどということはなく、むしろ持続可能な事業にするためには必要なことですらある。

    キリン株式会社の取り組みが、これまでのフィランソロフィー型の事業から脱皮した事業のモデルとなると共に、日本の水産業への未来へと繋がる事業となることを期待したい。

    ※日本財団はこれまで海洋分野で培ってきた事業実績を基に、キリン株式会社の行う水産業復興支援事業について、寄付金をお預かりし、共同で事業を推進しています。

    参照URL:http://www.kirin.co.jp/csr/kizuna/marine/

  • 2012.11.21

    ソーシャル・イノベーションと企業

    「ソーシャル・イノベーション(社会変革)」という言葉が、NPO業界や特に先進的な企業の中で聞かれるようになって数年、その間も国際社会での日本の存在感は低下し続けてきた。中国や韓国との軋轢も日本経済にじわりと影響を与えている。

    その中で苦しみ続けるメーカーを中心とした日本企業は、従来までの事業への閉塞感を感じつつもドラスティックな舵の変換をできずにいる。

    ソーシャル・イノベーションという言葉は、このような日本社会全体の閉塞感の打破を含めた突破口の一つとして多くを期待されているようだ。

    社会起業家と呼ばれるような人たちが注目されているのもそのあらわれと言えるだろう。彼らが行っていることはたしかにソーシャル・イノベーションであり、国や行政だけでなく企業も注目するに値する取り組みが多い。

    現在までの日本の数十年を振り返れば、私たちは世界の中で天国のような社会を実現させてきたと言える。

    もちろんその間にも日本社会に多くの課題があったのは事実だが、「社会課題」という言葉が指すものは、多くの場合、社会的弱者を指すものであり、自分たちが社会課題の対象であるという意識を持って生活していた日本人は少なかったはずだ。

    しかし、今、日本社会における「社会課題」は、少子化や高齢化に代表されるように、日本人全体が巻き込まれ、いわゆるマジョリティがその対象となってしまった。

    企業が取り組もうとするソーシャル・イノベーションは、まさにこの点において多くの可能性を秘めている。社会的弱者がマイノリティの枠にとどまっている限りにおいて、それをビジネスで解決していくというのは難易度が高く事業の持続性という点で多くの課題を抱えてしまう。

    しかし、これがマジョリティになると一気にビジネスチャンスの沃野が広がってくる。

    今、「社会課題の解決をビジネスで行っていく」という言葉にリアリティがあるのは、その対象者が多いことから、ビジネスとして成り立つ、あるいはスケールメリットを打ち出すことができる可能性があるからだ。

    本来、社会課題は社会のニーズであり、社会のニーズには必ずビジネスチャンスがある。

    それは昔から変わらぬ真理であり、実際、日本が戦後の焼け野原から著しい経済発展を遂げた母体となったのも、まさにこの考え方に基づいていた経営があったからであることは今さら指摘するまでもない。

    日本企業は自らのビジネスを社会課題の解決によって成長させてきたという歴史を持っている。

    しかし、今の日本企業にはその考え方そのものが失われていると言わざるを得ない部分が多々見受けられる。

    社会が一定の成熟を果たした今、たとえば白物家電に代表される電化製品の領域では、日本市場の中で突出したニーズを創出するようなことは限りなく困難だ。付加価値化というようなオブラートでは、大企業の経営を支えるような爆発的売上は生み出せない。

    このような成長社会から持続可能社会への転換期という物が売れない時代に日本企業はどう生き残れるのか、あるいはどうあるべきか、を考えると「ソーシャル・イノベーション(社会変革)」という領域での新規事業への取り組みに行きつくことは間違っていない。

    今、社会の中でそのような動きが始まっていることはもっと多くの企業が注目すべきことである。

    それらの萌芽は今は小さいが、それらが持つ社会のニーズの大きさは、少なくとも日本企業に多くの学びと将来の可能性を感じさせるものであるからだ。